殺されのオプション

透明なガラスを殴りまくった後も、僕と彼女の関係はしばらく続いた。

ただ、彼女の言動に変化が見られた。何か吹っ切れた様子で、表情も以前とは打って変わったように明るくなった。

彼女は納得したという。そこまで、嫌いなのであれば仕方がないと。

だから、別れることにするけども、その前に思い出作りとして二人だけで旅行に行きたいと言った。

僕の友達の誰もが反対した。賛成する人間は皆無だった。誰もが、そこで心中するつもりに違いないという。
僕もそうであろうと考えていた。

だけども、不思議なことに殺されても仕方がないかという諦念が湧き上がって、浮かんだままになっていた。
想像はいかに殺されることを避けるかではなく、どのように殺されるかに向かっていた。

どうせなら、楽な方がいいな。当時は練炭自殺使ったり、硫化水素を発生させる方法などは普及していなかった。

縊死というのもキツそうだ。拳銃は入手困難だし、やはりナイフがいいか。
事前にお願いするのはヘンな話だし、どうせお願いするなら直前がいいか。

色々思い悩んだが、思いのほか僕は冷静だった。

殺されるオプションを選ぶのは、ファミコンのカセットを選ぶ感覚にどちらかというと近かった。

イメージはナイフかな。
ファミコンのカセットでいえば「戦場の狼」。ナイフ1ミリも出てこないけど。PSの「バイオハザード」の記憶に上書きされたのかもしれない。確か最初はナイフだけだったような。。。

彼女はレンタカーを借りようといい出した。
なるほど、入水自殺(他殺)は想定してなかったな。思ったより、苦しそうだが、これもカルマか。

僕らは北陸に向かった。
これから寒くなるところに、寒いところに向かった。
楽には死ねないものだ。

僕らは普通のカップルのように北陸観光を楽しんだ。そうだ。今思い出したが、以前に彼女と二人で行ったんだった。

夜。

彼女が海に行きたいといった。いよいよかと思った。
二人で外に出て、海を背にしてフラッシュをたいて、デジカメで写真を撮った。

彼女になんの危害も加えられることもなく、帰京できた。
彼女とは結局、それでも別れることができなかった。

懲りずに別れ話を僕は彼女と会う度に繰り返した。
殺されるリスクが低くなったその時、その時間とエネルギーの浪費が僕には相当堪えた。

ある時どこかの駅で喧嘩をした。別れ話の延長線上で喧嘩も何もないのだが。

何も言わずに僕と彼女は同じホームからお互いに別々の方向の電車に乗り込んだ。

僕はそのまま、家族にも他の友人にも誰にも何も告げずに失踪した。
彼女とはそれから一度も会っていない。